日本のモノづくり産業を根底から支える商社、白銅株式会社。その舵取りを担うのが、現場からの叩き上げでトップに登り詰めた角田浩司氏です。
1932年の創業以来、非鉄金属の供給を通じて産業界に貢献してきた同社は、現在、その圧倒的な利便性から「材料屋のAmazon」とも称され、単なる商社の枠を超えた「製造業のプラットフォーマー」へと進化を遂げています。
本記事では、角田浩司氏のこれまでの軌跡、独自の経営哲学に加え、2025年からスタートした新中期経営計画の詳細や株主還元策など、最新の成長戦略について詳しく解説します。
角田浩司のプロフィールや生い立ちを紹介
まずは、角田浩司氏の基本情報と、現在の地位に至るまでのキャリアを紐解いていきます。
角田浩司-トップメッセージ|白銅株式会社| 名前 | 角田 浩司(つのだ こうじ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1962年8月15日 |
| 出身 | 埼玉県 |
| 学歴 | 駒澤大学経済学部。 |
| 職業 | 白銅株式会社 代表取締役社長 |
角田浩司氏は1962年に埼玉県で生まれ、1986年に駒澤大学経済学部を卒業しました。大学卒業後、一度は物流大手の東京通運に入社しましたが、自身の活躍の場を新たに求め、同年7月に白銅株式会社(当時の社名は廣成株式会社)へと入社しました。
入社当初、彼は営業職を強く希望し、配属された現場では町工場の若手経営者たちを積極的に応援するなど、膝を突き合わせた対話を通じて深い信頼関係を築くことに奔走しました。この若手時代の泥臭い経験が、彼の原点である「現場主義」を形成しています。
入社後のキャリアにおいて特筆すべきは、国内管理部門と海外事業の両面で重責を担ってきた点です。2001年に中央支社長としてマネジメント能力を発揮すると、翌2002年には経営企画室長に就任し、全社的な戦略立案に携わるようになります。
しかしその年の12月、彼は中国・上海へと渡ります。中国室長および現地法人である「上海白銅精密材料有限公司」の董事総経理(社長)に就任し、急成長する中国市場での事業基盤構築を現地で指揮しました。
その後も、2004年には執行役員海外営業部長としてグローバル戦略を統括し、2009年には上海法人の董事長(会長)も務めるなど、同社の海外展開を最前線で牽引してきました。帰国後の2010年には取締役営業本部長として国内営業の中枢を担い、2011年の常務取締役を経て、2012年4月に代表取締役社長に就任しました。
これは創業家出身や外部招聘ではなく、新卒同然で入社した一社員が、国内外の現場での実績を積み重ねてトップに上り詰めたという点で、同社の実力主義を象徴する人事でした。
白銅株式会社の事業|「材料屋のAmazon」と呼ばれる理由
角田氏が率いる白銅株式会社は、アルミニウム、ステンレス、銅、エンジニアリングプラスチックなど、多岐にわたる産業用素材を取り扱う専門商社です。現在、同社の顧客企業は約1万3000社に達しており、半導体製造装置業界をはじめとする幅広い業種のモノづくりを支えています。
同社は商社機能に「切断・加工・配送サービス」を組み合わせた高付加価値なビジネスモデルを確立しており、1本・1枚・1グラムから対応できる小口体制に加え、ECで24時間365日対応できる利便性の高さから、業界内では「材料屋のAmazon」という異名で呼ばれる存在となっています。
アルミ6割・半導体向け4割という強固な収益基盤
同社の事業構造を詳しく見ると、自動車や航空機の軽量化ニーズを背景に成長が続くアルミニウムが売上の約61.5%を占めており、次いでステンレスが19.0%、伸銅品が14.3%と続きます。
また、供給先の業界構成比においては、半導体・FPD(フラットパネルディスプレイ)製造装置向けが40.6%と最も高く、次いで工作機械向けが16.0%、OA機器向けが9.4%となっています。このように白銅は、日本の先端産業、特に半導体産業を「素材の安定供給」という側面から強力にバックアップしているのです。
進化する「白銅ネットサービス」と3つの新機能
2012年、角田社長の指揮のもとでスタートした「白銅ネットサービス」は、同社のデジタル戦略の中核を担っています。このサービスは単なるオンラインショップではなく、顧客の「発注に関するコスト削減」をコンセプトに設計されました。
24時間365日いつでも見積もりや注文が可能であり、提携先の取り寄せ商品を含めると約2万1200品目サイズがWeb上で購入可能です。国内5拠点の在庫約5,400アイテムに加え、提携仕入先の在庫品などを合わせたWeb購入可能アイテム数は、2024年3月末時点で約8万4,900点にまで拡大しました。
このシステムは利便性が極めて高く、見積書や請求書の発行に加え、ミルシート(検査成績書)のダウンロードや、過去の見積もりからの再注文も可能です。スマートフォンにも対応したこのシステムは、現在では見積もり全体の約7割、注文の約3割を経由するまでに成長しており、顧客の事務負担軽減に大きく貢献しています。
また、自社工場のIoT化によりトレーサビリティ(追跡可能性)も確立されており、デジタルの力で品質と安心を担保しています。
航空宇宙分野と3Dプリンター事業|次世代への種まき
足元の堅調な業績に加え、白銅は次世代の成長エンジンとなる新規事業にも積極的に取り組んでいます。一つ目の柱は、高い品質基準が求められる「航空宇宙関連事業」です。
同社は国内2工場において、航空宇宙産業に特化した品質マネジメントシステムの国際規格「JISQ9100」を取得しました。豊富な在庫力と厳格な品質管理を組み合わせ、航空宇宙関連企業の「コンビニエンスディーラー」となることを目指しています。
二つ目の柱は、3Dプリンターを活用した金属製品の受託製造です。「3D+ONE」というソリューションを展開し、3D造形技術の提供だけでなく、自動車業界などで需要が高いアルミダイカスト合金の開発なども行っています。
半導体関連の旺盛な需要を支えつつ、こうした先端分野へも果敢に挑戦することで、角田氏は白銅をより強靭で多角的な企業体へと変革させているのです。
角田浩司氏の経営哲学|現場と海外で培った「ダントツ」への執念
角田浩司氏の経営スタイルを象徴する言葉は「顧客第一主義」と「現場主義」です。彼は社長就任後も、机上の空論ではなく、実際のビジネスの現場で何が起きているかを重視し続けています。
営業マン時代に培った「顧客のニーズに迅速に対応し、高品質な製品を提供する」という姿勢は、現在の全社的なスローガンにも通底しています。
4つの「ダントツ」を追求する企業風土
角田社長が掲げる経営哲学は、企業スローガンとしても定着している4つの「ダントツ」に集約されています。それは「ダントツの品質」「ダントツのスピード」「ダントツのサービス」、そして「納得の価格」です。
彼は、コモディティ化しやすい素材産業において他社と差別化するためには、商品そのものだけでなく、付帯するサービスや提供スピードで圧倒的な差をつける必要があると確信しています。
顧客からの厳しい要望に応えるために特別に設計された最新設備を導入したり、検査手法や加工プロセスの研究・改良に力を入れているのも、この哲学を実践するためです。
創業100周年に向けたグローバル展開とDXの融合
2032年に創業100周年を迎える白銅株式会社において、角田氏は「グローバル展開」と「DX(デジタルトランスフォーメーション)」を成長の両輪と位置づけています。かつて自身が上海で指揮を執った経験を活かし、現在ではタイ、マレーシア、ベトナム、そしてアメリカへと拠点を拡大しています。
特に近年では、アメリカの航空宇宙産業や半導体市場の需要を取り込むため、現地企業のM&Aや拠点強化を積極的に進めており、長年培ってきた技術力と顧客基盤を活かしつつ、新たな成長戦略を展開しています。
また、DXの分野では、AIを活用した在庫管理や受発注業務の完全デジタル化を推進し、業務効率の大幅な改善を実現しました。これにより生まれた人的リソースを、より付加価値の高い提案業務や新規開拓に振り向けることで、組織全体の生産性を向上させています。
配当性向45%への引き上げと株主還元の強化
角田氏は、企業の持続的な成長にはステークホルダーとの信頼関係が不可欠であると考え、株主還元策の強化にも大きく舵を切りました。
具体的には、2024年3月期の期末配当から配当方針を変更しています。配当性向の目標値を従来の40%から45%へと引き上げると同時に、新たに「年間最低配当額」を設定しました。
原則として、通期の配当性向45%、または年間配当1株当たり80円のいずれか高い方を配当するという明確な方針を打ち出しています。また、2022年3月期からは株主優待制度も導入しており、長期的な視点で同社を応援する株主への利益還元を経営の重要課題として位置づけています。
まとめ|角田浩司が描く次の100年
角田浩司氏は、1986年の入社以来、国内営業の現場で顧客と向き合い、経営の中枢で戦略を練り、海外事業の最前線で市場を切り拓くという、商社経営に必要な全ての要素を経験してきました。その豊富なキャリアに裏打ちされた経営手腕は、白銅株式会社を単なる素材商社から、グローバルな製造業プラットフォーマーへと進化させています。
2032年の創業100周年に向けて、同社は伝統的な商社の強みである「在庫力・加工力」に、最先端の「デジタル技術」と「グローバルネットワーク」を掛け合わせたハイブリッドな経営戦略を推進しています。角田氏のリーダーシップのもと、白銅株式会社は環境への配慮や社会貢献を忘れず、持続可能な成長を実現する企業として、新たな産業の歴史を刻んでいくことでしょう。
