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日本製鉄・進藤孝生氏の経歴と現在|日本郵政・DBJ役員も務める重鎮の素顔

日本製鉄・進藤孝生氏の経歴と現在|日本郵政・DBJ役員も務める重鎮の素顔

日本経済の基幹産業である鉄鋼分野において、日本製鉄株式会社(旧・新日鐵住金)を世界的な競争力を持つ企業へと押し上げた進藤孝生氏は、2025年現在も産業界の重鎮として多角的な活動を続けています。

進藤氏は、熾烈なグローバル競争の中で「総合力世界No.1」の旗印を掲げ、戦略的な経営と強固な組織融和を成し遂げてきました。その歩みは、学生時代のラグビー経験で培われた不屈の精神と、ハーバード・ビジネス・スクールで修得した高度な経営知見、そして何よりも「熱意」を重んじる人間味あふれるリーダーシップに支えられています。

本記事では、進藤氏の輝かしい経歴から、当時は「大穴」とも評された社長就任時のエピソード、さらには69年ぶりに「日本製鉄」の社名を復活させた決断、そして現在も多岐にわたる組織を支え続けるその哲学と人柄について、最新の情報を交えて詳しく紐解いていきます。

進藤孝生氏の経歴|秋田から一橋、そして日本製鉄の頂点へ

まずは、進藤孝生氏2025年現在の活動を含む詳細なプロフィールを詳しく見ていきましょう。

進藤孝生-進藤 孝生 | 企業・グループ情報 | 東京海上ホールディングス進藤孝生-進藤 孝生 | 企業・グループ情報 | 東京海上ホールディングス
名前 進藤 孝生(しんどう こうせい)
生年月日 1949年9月14日
出身 秋田県
学歴 一橋大学経済学部卒業
ハーバード大学経営大学院修了
職業 日本製鉄株式会社相談役
幕張メッセ取締役会長
日本プロジェクト産業協議会会長
日本郵政株式会社取締役
株式会社日本政策投資銀行取締役
東京海上ホールディングス取締役
日中経済協会会長
学校法人トヨタ学園理事兼評議員

進藤氏の歩みは、北の大地での情熱的な学生時代から始まり、日本が誇る鉄鋼メーカーの屋台骨を支え、トップへと登り詰めるまでの一貫した挑戦の連続でした。

ここでは、その華麗なる経歴を時系列に沿って詳しく紹介します。

ラグビーに捧げた学生時代と存在意義の探求

進藤孝生氏は1949年9月14日、秋田県秋田市に生まれました。地元の名門である秋田県立秋田高等学校に進学した進藤氏は、入学式の式辞で校長から「汝何のためにそこにありや」という問いに完璧に答えられるよう、常に心身を鍛錬せよと説かれたことに強く触発されます。

英語の授業で出合った池田潔氏の著書『自由と規律』に書かれた「チームの利益に奉仕する精神」に共感し、当時「練習は1時間だけ」という効率的な方針を掲げていたラグビー部の門を叩きました。

部員わずか17名という少人数ながら、身長182センチメートルの体躯を活かした「ナンバー8」として活躍した進藤氏は、強豪の秋田工業を破り全国高校ラグビー大会(花園)でベスト4まで進出するという快挙を成し遂げました。

1日わずか1時間の試合形式を中心とした集中練習で結果を出したこの時期に、短い時間で最大限の効果を出す効率的な思考と、代わりがいないという強烈な責任感が養われ、それが後の経営者としての土台となっています。

一橋大学での主将経験と日本製鉄への入社

一橋大学経済学部に進学した進藤氏は、ラグビー部で主将を務め、泥にまみれてボールを追い続ける日々を過ごしました。大学卒業後の1973年4月、東大ラグビー部OBであった桑原達朗氏との縁がきっかけとなり、新日本製鐵株式会社へ入社します。

入社後も室蘭製鉄所に配属され、北海道代表として国体に2度出場するなど、競技者としての情熱を絶やすことはありませんでした。

1982年にはハーバード・ビジネス・スクールへ留学して経営学修士(MBA)を取得し、グローバルな経営視点と起業・経営学を体系的に学びました。この留学経験は、単なる知識の習得に留まらず、多様な価値観の中でいかにリーダーシップを発揮するかという実践的な訓練の場となりました。

管理部門での研鑽と経営中枢への昇進

帰国後は、総務部や経営企画部といった企業の根幹を担う管理部門を中心にキャリアを積み上げました。2005年6月には新日本製鐵の取締役に就任し、経営企画部長として手腕を振るいます。

その後も、2006年6月に執行役員経営企画部長、2007年4月に執行役員総務部長を歴任し、組織運営の要職を担いました。

2009年4月には副社長執行役員に、同年6月には代表取締役副社長へと昇進を果たします。さらに、2012年10月の旧新日本製鐵と旧住友金属工業との歴史的な経営統合による「新日鐵住金株式会社」発足時においても、代表取締役副社長として巨大組織の統合と業務システムの完遂に尽力し、実務面から統合の深化を支えました。

社長・会長職の歴任から2025年現在の多角的な活動

2014年4月、進藤氏は代表取締役社長に就任し、5年間にわたり陣頭指揮を執りました。

そして2019年4月、社長職を橋本英二氏に引き継ぐとともに、代表権のある会長に就任します。この就任と同時に、社名を現在の「日本製鉄株式会社」へと変更し、69年ぶりとなる伝統ある名称の復活を通じて、新しい経営体制での船出を主導しました。

その後、2024年4月に取締役相談役となり、同年6月からは相談役として、長年の経験に基づく大局的な視点から同社を支え続けています。

2025年12月現在、進藤氏は日本製鉄の相談役を務める傍ら、2023年6月から日本郵政株式会社の取締役(社外取締役)および株式会社日本政策投資銀行(DBJ)の取締役(社外取締役)を現職として兼務しています。

さらに東京海上ホールディングス株式会社の社外取締役や日中経済協会の会長といった要職を通じて、日本の公共インフラと金融、そして国際経済の安定化に寄与しています。

進藤氏の経営手腕と組織を動かす「現場主義」のエピソード

管理部門出身という、当時の鉄鋼業界では異例の背景を持ちながらトップへと登り詰めた進藤氏の経営手腕は、精緻な戦略性と、非常時にも揺るがない現場主義に裏打ちされていました。

「大穴」からの抜擢を支えた調整能力と求心力

2014年の社長交代時、旧新日本製鐵のトップは3代続けて営業担当の副社長が昇格するのが通例となっていました。

そのため、管理部門出身である進藤氏の起用は市場から「大穴」と評されるほど異例なものでしたが、宗岡正二会長が進藤氏を選んだ最大の理由は、経営統合という巨大プロジェクトを完遂させるために不可欠な「調整能力」と「社内融和」の推進力にありました。

かつての部下からは「極めて常識人で求心力がある」「部下の意見を聞いて正しい判断を下せる」と厚い信頼を寄せられていました。進藤氏は就任時に「既存路線の踏襲」を掲げながらも、実直に従業員一丸となった経営統合の深化を成し遂げました。

震災対応で見せた徹底した現場主義

進藤氏の経営観を支える柱の一つが、ラグビーを通じて学んだ「現場主義」です。

ラグビーは試合が始まれば監督の指示を待たず、選手がその場で判断を下さなければならないスポーツです。この考え方は、東日本大震災という未曾有の危機においても発揮されました。被災した釜石の製鉄所などで救援物資を配る際、配布基準を本社が指示するのではなく、「10人に1つのおにぎりしかない」といった極限状態の判断は、現場を一番知る人に委ねるべきであるという信念を貫きました。

戦場に交代要員がいないのと同様に、現場での判断こそが組織を救うという確信が、進藤氏のリーダーシップの核となっています。

ハーバードで鍛えられたコミュニケーションの極意

その経営手腕を支えるコミュニケーションの根幹には、30代のハーバード留学時代に学んだ「マネジメントコミュニケーション」の教えがあります。進藤氏は当時の授業において、一部の社員を解雇しながら残った社員を奮起させるという、相反する目的を同時に満たすスピーチを作成する過酷な訓練を受けました。

人事や総務の経験が長かった進藤氏は、この学びを通じて、例え下手な英語であっても話す内容に価値があり、そこに真摯な熱意がこもっていれば聞き手は真剣に耳を傾けてくれることを身をもって体験しました。

相手が「聞きたい」と思う内容をわかりやすく、情熱を持って伝える姿勢は、社長就任後のメッセージ発信においても一貫して守り抜かれてきました。

進藤氏の考え方と経営哲学|「Honor is equal」が示す人柄

進藤氏の経営を語る上で欠かせないのが、ラグビー精神から生まれた哲学と、それを体現する誠実な人柄です。彼は常に「全員が主役である」という信念を持ち、組織の調和を大切にしてきました。

「Honor is equal」とリーダーの条件

進藤氏の座右の銘は、ラグビー精神に基づく「Honor is equal(栄誉は平等である)」という言葉です。これは、試合で得点を挙げた華やかな選手も、スクラムを支えた目立たない選手も、勝利に対する名誉は等しく分かち合うべきであるという考え方です。

進藤氏は後継者を選ぶ際にも、「優秀なプレーヤー」であること以上に、「チームワークを維持する意欲の強さ」を重視します。世の中に一人で完結する仕事はなく、よきフォワーとして経験を積んだ者こそが、優れたリーダーになれると説いています。

この「リーダーシップとフォロワーシップは表裏一体である」という信念が、日本製鉄の強固な組織文化の源泉となっています。

文化の融和を成し遂げた「和」の心

進藤氏は、八幡製鉄と富士製鉄、さらには住友金属工業という、異なる文化を持つ組織の合併を何度も経験してきました。それぞれの組織が持つ「理屈」を尊重しつつ、ラグビーで培った「まあまあ」の精神、すなわち互いに歩み寄り調和する柔軟性を大切にしました。

自分とは異なる背景を持つ人々とも同じ価値観を共有しようとする粘り強い対話姿勢が、連結従業員8万人を超える巨大企業の結束を確固たるものにしました。

西武ホールディングスの後藤高志社長をはじめ、ラグビーを通じた幅広い社外の人脈も、彼の多角的な視点を支える貴重な資産となっています。

社会貢献と充実したプライベート

進藤氏の人柄は、仕事に対する峻烈な厳しさと、周囲への温かな配慮が同居している点にあります。日本鉄鋼連盟の会長時代には、次世代の人材確保や業界の社会認知向上のため、製鉄所見学会やワークショップを積極的に実施し、業界全体の地位向上に尽力しました。

また、一橋大学ラグビー部の監督やOB会長を務めるなど、自身の原点であるコミュニティへの貢献も欠かしていません。プライベートでは妻と二人の娘を持つ家庭人であり、社長就任時に妻に心配され四日間悩み抜いた際のエピソードからも、誠実で謙虚な性格が伺えます。

休日はゴルフやウォーキング、そしてラグビー観戦を楽しむことで心身のリフレッシュを図っています。

まとめ|進藤孝生氏が示す次世代のリーダー像

進藤孝生氏の歩んできた軌跡は、ラグビーで培われた「献身」の精神と、ハーバードMBAで磨かれた「戦略的思考」、そして「内容と熱意」を重んじる人間味あふれるリーダーシップの融合そのものです。

2025年現在、相談役として日本製鉄の未来を見守りつつ、日本郵政や日本政策投資銀行といった重要組織の舵取りに参画するその姿は、日本の産業界における知の重鎮としての風格を漂わせています。

「Honor is equal」という言葉に込められた、全員で栄誉を分かち合うという精神は、多様性と協調が求められる現代のビジネス社会において、ますますその重要性を増しています。

役職が変わってもなお、飽くなき情熱を持って社会貢献を続ける進藤氏の姿勢は、これからも鉄鋼業界のみならず、日本社会全体の発展を力強く照らし続けていくことでしょう。

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