創業150年(2025年)の節目を迎えた古河機械金属株式会社。日本の近代化を支えた名門企業において、従来の「お堅い」イメージを打破する改革を断行し、現在はグループの歴史と精神を次世代へ継承する重要プロジェクトを牽引している人物が、現・取締役会長の宮川尚久氏です。
宮川氏は社長在任中、「古河気合筋肉」という斬新なキャンペーンで世間を驚かせましたが、彼の挑戦はそこで終わっていません。会長職にある現在も、創業者の理念を現代に蘇らせる「古河市兵衛記念センター」の代表理事を務めるなど、現役のリーダーとして精力的に活動しています。
本記事では、宮川尚久氏のこれまでの経歴、社長時代の改革、そして現在取り組んでいる「創業150年の集大成」といえる活動について詳しく解説します。
宮川尚久氏の経歴|人事のプロフェッショナルから老舗企業のトップへ
まずは、宮川尚久氏の基本情報を確認しましょう。
宮川尚久-古河機械金属株式会社 役員一覧| 名前 | 宮川 尚久(みやかわ なおひさ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1952年3月25日 |
| 出身 | 東京都 |
| 学歴 | 立教大学経済学部 |
| 職業 | 古河機械金属株式会社 取締役会長 一般社団法人古河市兵衛記念センター代表理事 |
管理部門のエキスパートとしての歩み
宮川尚久氏は1952年に生まれ、1975年4月に関東の難関私立大学である立教大学を卒業後、すぐに古河機械金属株式会社へ入社しました。以来、半世紀以上にわたり同社一筋でキャリアを積み重ねてきた生え抜きのビジネスリーダーです。彼のキャリアにおける最大の特徴は、技術や営業ではなく、長らく管理部門の中枢を歩んできた点にあります。
入社から着実に経験を積んだ宮川氏は、2007年6月に執行役員に就任し、人事総務部長と秘書室長を兼務する重責を担いました。企業の「人」と「経営中枢」の両面を深く理解するこのポジションでの経験が、後の経営手腕の基礎となります。
グループ経営の実践と社長就任
執行役員として手腕を振るう中、2009年6月には同社の執行役員を務めながら、グループ会社である古河電子株式会社の代表取締役社長に就任し、経営の実務経験を積みました。子会社のトップとして経営判断を行う経験は、グループ全体のガバナンスを理解する上で重要なステップとなりました。
その後、2011年6月には古河機械金属の取締役上級執行役員に昇格し、引き続き古河電子株式会社の社長も兼任してグループ全体の成長に貢献しました。そして2013年6月、満を持して古河機械金属株式会社の代表取締役社長に就任します。人事・総務畑出身のトップとして、ここから8年間の長期政権がスタートすることになります。
「2025年ビジョン」の策定と次世代への継承
社長就任後の2015年、宮川氏は経営理念を刷新し、同社グループ初となる長期ビジョン「FURUKAWA Power & Passion 150」を制定しました。
創業150周年を迎える2025年のあるべき姿を明確にしたこのビジョンのもと、彼は強力なリーダーシップで会社の変革に取り組みました。その結果、2018年度と2019年度には経営指標の一つであった連結営業利益85億円を連続して達成するなど、確かな成果を残しています。
しかし、その後世界を襲った新型コロナウイルスの流行により、経営環境は激変しました。宮川氏は、2025年ビジョンの後半戦を勝ち抜き、さらなる体質強化を図るためには、新しい世代のリーダーに託すべきだと判断します。こうして2021年6月、自身の改革路線を継承しつつ、より強力に推進できる人物として中戸川稔氏を後任に指名し、社長職を退く英断を下しました。
会長職としての新たな挑戦と精神的支柱へ
2021年6月に取締役会長に就任した際、会社側はその選任理由として、宮川氏が社長時代に推し進めた経営改革の実績に加え、企業価値の向上と持続的な成長を図るためには「同氏の豊富な経験と見識等を経営に活かすことが必要」であると明記しています。
その期待に応えるように、宮川氏は新社長を支えながら、ロックドリル部門の海外戦略や不動産事業の将来構想に加え、カーボンニュートラルやDX(デジタルトランスフォーメーション)といった現代的な経営課題に重点的に取り組む姿勢を打ち出しました。
さらに2022年11月には、一般社団法人古河市兵衛記念センターの代表理事に就任しました。2025年12月現在も、宮川氏は古河機械金属の取締役会長と記念センターの代表理事という二つの要職を兼務しています。ビジネスの最前線で戦略を支える「会長」としての顔と、創業の精神を未来へ語り継ぐ「代表理事」としての顔。この両輪でグループを牽引し、現役のリーダーとして精力的に活動を続けています。
社長時代の功績|「古河気合筋肉」と「CSV経営」の実践
2013年から2021年までの8年間、宮川氏は社長として、老舗企業の「殻」を破る数々の改革を成し遂げました。その手腕は、ユニークな知名度向上策と、強固な収益基盤の構築という両輪で発揮されました。
知名度を爆発的に高めた「古河気合筋肉」
宮川氏の代名詞とも言えるのが、BtoB企業の常識を覆したマーケティング戦略です。「知名度の低さ」を課題と捉えた彼は、社名を文字ったPRコピー「古河気合筋肉」を打ち出す大胆なキャンペーンを展開しました。
引用:古河機械金属株式会社公式サイト
このコピーにおける「気合」は熱意・情熱を、「筋肉」は力強さ・スピードをイメージしており、電車広告や球場広告などで広く展開されました。ビジュアルには古河機械金属の社章である山一マークを模した「力こぶのアイコンイラスト」を採用。
インパクトのある言葉とデザインを通じて、インフラや産業を支える「社会の筋肉」としての存在意義をユニークに表現し、知名度を大きく向上させました。
その他にも、女子高生が重機に恋をするドラマや、マッチョと重機が対決する動画など、BtoB企業とは思えないシュールなコンテンツを展開。これらの施策により、若年層への認知度を劇的に向上させると同時に、社内に「既成概念にとらわれず挑戦してもよい」という変革の風土を醸成するインナーブランディングとしての効果も発揮しました。
「2025年ビジョン」の策定と高収益体質への転換
経営の舵取りにおいては、創業150周年を見据えた長期ビジョン「FURUKAWA Power & Passion 150(2025年ビジョン)」を策定し、グループの進むべき道筋を明確にしました。
宮川氏は、IoTやAIといった技術革新、あるいは気候変動といった社会の変化を「事業拡大のチャンス」と捉え、異分野の技術結合による新価値創造を推進しました。その結果、第1フェーズ(2017〜2019年度)の目標であった連結営業利益85億円を達成し、企業の稼ぐ力を飛躍的に高めることに成功しています。
社会課題を解決する「CSV経営」の深化
宮川氏の経営における最大の特徴は、経済的価値だけでなく社会的価値も同時に生み出す「CSV(Creating Shared Value)」の視点を経営に織り込んだ点です。
古河機械金属グループには、かつて足尾銅山の公害問題に向き合い、防災や環境技術を開発して解決してきた歴史があります。宮川氏はこのDNAを現代に蘇らせ、「社会課題に真摯に向き合い、社会的責任を果たすことこそが企業存続の基盤である」と定義しました。単に製品を売るのではなく、顧客や社会が抱える課題を解決することで対価を得るという「マーケティング経営」を社内に浸透させたのです。
事業ポートフォリオの変革とグローバル戦略
具体的な事業戦略においても、従来の「モノ売り」からの脱却を図りました。例えば主力であるロックドリル(さく岩機)部門では、単に機械を販売するだけでなく、ライフサイクルサポート(保守・運用支援)を活用したビジネスモデルへの転換を進め、海外市場での競争力を強化しました。
また、産業機械部門では単なる機器メーカーからの脱却を目指して収益構造の変革を断行し、機械事業全体を「コア事業」と位置付けて重点投資を行いました。M&Aやアライアンスも視野に入れた非連続的な成長戦略を描き、社長在任期間中にグループ全体の事業基盤を盤石なものへと押し上げたのです。
現在の活動|会長職と「創業の精神」を継承する新事業
多くの経営者が一線を退いて会長職に就く中、宮川氏は2025年現在も、古河機械金属グループの未来を左右する重要な役割を担い続けています。
取締役会長としてのガバナンス強化
2021年6月に社長を退任した後も、宮川氏は取締役会長として経営の中枢に残っています。特に、取締役会の議長として経営の監督機能を強化し、グループ全体の意思決定をリードする役割を担っています。
社長時代の8年間で築いた強固な収益基盤を維持しつつ、長期的な視点から「2025年ビジョン」の実現を支える、まさにグループの「羅針盤」としての存在です。
「古河市兵衛記念センター」代表理事としての挑戦
現在、宮川氏が最も情熱を注いでいるのが、一般社団法人古河市兵衛記念センターの代表理事としての活動です。 2025年の創業150周年記念事業の一環として、栃木県日光市足尾町に「足尾銅山記念館(古河足尾鉱業所)」を復元・建設するプロジェクトを主導しました。

引用:足尾銅山記念館公式サイト
この施設は2025年4月に完成し、同年8月に開館しました。 「創業者の思いや困難を乗り越えた歴史を、社員や後世に伝えたい」という宮川氏の強い想いが形になったこのプロジェクトは、単なる建物の建設ではなく、古河グループのアイデンティティを再確認し、次の150年へ繋ぐための精神的な支柱作りと言えます。
経営哲学|伝統を尊重しつつ「殻」を破る姿勢
宮川尚久氏の経営哲学は、歴史ある企業の伝統を尊重しながらも、過去の成功体験に固執しない「変革の精神」に集約されます。彼は社長就任時より、老舗企業特有の保守的な風土に危機感を抱いていました。
歴史が長いことは信頼につながりますが、同時に変化を拒む要因にもなり得ます。だからこそ宮川氏は、社員一人ひとりが自発的に考え、挑戦できる風土作りを最優先事項としました。
全員参加型の「イノベーション」
宮川氏が定義する「イノベーション」とは、一部の技術部門だけが担う技術革新ではありません。「全従業員の身近なところから発出する様々な革新運動」こそがイノベーションであると彼は語っています。
すべての業務において改善や改革を行うこと、それが結果として企業価値や社会価値を生み出す源泉になるという考えです。
QCDに「SE(安全・環境)」を加えた品質基準
ものづくりに対する姿勢も厳格でありながら、人間味に溢れています。製造業の基本であるQCD(品質・コスト・納期)に加え、「SE(安全・環境)」の強化を不可欠な要素として掲げました。
労働安全衛生において「ゼロ災」を目指すだけでなく、製品が顧客の安全や地球環境にどう貢献するかを常に問いかける姿勢を徹底しました。2020年のコロナ禍においては、いち早く在宅勤務体制を整え、従業員のメンタルヘルスケアにも注力するなど、人事畑出身者らしく「人が最大の資産である」という信念を最後まで貫きました。
まとめ|宮川尚久氏が遺した変革のDNA
本記事では、古河機械金属株式会社の取締役会長、宮川尚久氏の経歴と功績について解説しました。人事畑出身という独自のキャリアを持ち、2013年からの社長在任中には「古河気合筋肉」に代表される革新的な施策で企業の知名度と風土を変革しました。
現在は会長職および古河市兵衛記念センター代表理事として、足尾銅山記念館の建設など、創業の精神を未来へ繋ぐプロジェクトを牽引しています。
過去の伝統を尊重しつつ、常に新しい価値の創造に挑み続ける宮川氏の姿勢は、古河機械金属グループがこれからも社会に必要とされる企業であり続けるための確かな指針となっています。

