日本化薬は、医薬品や機能性材料など「命を守る」「生活を豊かにする」化学を追求し続ける老舗企業です。この歴史ある企業を2015年4月から2019年3月までの4年間、牽引したのが代表取締役社長の鈴木政信氏でした。
化学分野における深い学識と現場での豊富な研究開発経験を兼ね備えた同氏は、社長就任時に新たな経営体制を築き上げ、日本化薬の次なる成長への道筋を明確に示しました。
本記事では、鈴木氏の化学への揺るぎない情熱に満ちた経歴と、社長在任中に果たした具体的な功績、そしてその経営戦略の全貌を紐解きます。
鈴木政信の経歴:東北大学から日本化薬のトップへ
まずは、鈴木政信氏の基本情報を確認しましょう。
鈴木政信氏-日本化薬株式会社 統合報告書 2018より| 名前 | 鈴木 政信(すずき まさのぶ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1950年7月7日 |
| 出身 | 埼玉県 |
| 学歴 | 東北大学大学院理学研究科化学第2専攻博士課程 |
| 職業 | 元・日本化薬株式会社 社長 |
鈴木政信氏のキャリアの原点は、化学への深い知見と揺るぎない情熱にあります。同氏は1979年に東北大学大学院理学研究科化学第二専攻博士課程を修了しており、その専門性は業界内でも特に高い評価を得ていました。
この知識を活かすべく、同年、日本化薬株式会社へ入社します。入社以来、一貫して研究開発部門の最前線に身を置き、化学の力で人々の健康と生活に貢献するという信念を体現してきました。
研究者から経営層への確かな道のり
入社後、鈴木氏は長きにわたり医薬品開発の中枢を担い、医薬事業本部創薬本部新薬創生部門長や医薬研究所長など、創造の根幹に関わる重要なポストを歴任しました。
その後、2008年に執行役員に就任し、2009年には高崎工場長を務めます。特に重要な転機となったのは2010年で、取締役常務執行役員 医薬事業本部長に就任し、会社の主要な事業の経営責任者として手腕を振るい始めます。
そして2014年に専務執行役員へと昇格し、経営層としての経験をさらに深めました。
社長就任の背景:次期中期経営計画への期待
2015年5月、当時取締役専務執行役員 医薬事業本部長であった鈴木氏が、代表取締役社長・社長執行役員に内定したことが発表されました。
この社長交代は、前社長の任期満了に伴い、新たな経営体制の下で2016年度からの次期中期経営計画を策定し、会社の成長を確実なものにするという明確な目的をもって行われました。
長年にわたり研究開発の現場から経営の中枢までを経験し、日本化薬の企業体質や改善点、そして潜在的な成長領域を誰よりも熟知している鈴木氏に、会社の未来を託すという当時の経営陣と社員の強い期待が込められていました。
社長在任期間の功績:中期経営計画「Take a New Step 2016」
鈴木氏が社長に就任した2015年は、日本化薬にとって変革が求められる時期でした。同氏は社長就任後、直ちに中期経営計画「Take a New Step 2016」を策定し、2018年度までその陣頭指揮を執りました。
この計画の核心は、創業以来の「世のため人のために役立つ『最良の製品』を提供する志」を原点に据え、既存事業の収益力強化に加え、特に機能化学品事業を将来の成長の牽引役として育成することでした。
また、同時に「安全・環境」への取り組みを強化し、地球規模の課題であるSDGs(持続可能な開発目標)への貢献を経営の重要課題として明言しています。
日本化薬の代名詞「抗がん剤事業」の強化
日本化薬の代名詞とも言える医薬品事業、特に抗がん剤の開発は、鈴木氏の社長時代も引き続き重要な柱でした。同社は1969年の「プレオ」開発以降、抗がん剤分野で多くの実績を持ち、多くの人命を救ってきました。鈴木氏は、この伝統を守りつつ、時代のニーズに合わせた改良・開発を推進しました。
この在任期間中の具体的な成果として、まず2018年5月には、韓国のCelltrion Inc.との共同開発を通じて、HER2陽性の胃癌治療などに用いられるトラスツズマブのバイオシミラー(バイオ後続品)が薬価基準に収載されています。これにより、新たな治療薬の選択肢を患者や医療関係者に提供しました。
さらに、社長退任直後の2019年6月には、日本イーライリリー株式会社が製造販売承認を取得した抗悪性腫瘍薬「ポートラーザ点滴静注液800mg」(一般名:ネシツムマブ)に関する重要な役割を担うことになりました。この新薬は、切除不能な進行・再発の扁平上皮非小細胞肺癌に対する治療薬であり、日本化薬が日本イーライリリーとの契約に基づき、本製剤の製造販売承認を承継し、薬価収載申請を行うという中心的な役割を果たすことになりました。
最先端の新規抗体医薬品の流通に関わるこの取り組みは、鈴木氏が推進した中期経営計画において、抗がん剤事業が単なる既存薬の改良に留まらない、次世代の医療への貢献を目指していたことを証明しています。
ポラテクノの躍進と機能化学品への注力
また、中期経営計画「KAYAKU Next Stage」において特に成長戦略の牽引役として力を入れたのが、機能化学品事業です。これは、病気の治療という直接的な貢献だけでなく、触媒、色素、樹脂などを用いた環境や省エネルギー分野といった、生活の利便性を高める幅広い分野に貢献する化学の力を追求するものでした。
この戦略的な注力の具体例として、連結子会社であるポラテクノの積極的な事業展開が挙げられます。2017年12月には、ポラテクノが英国のRaySpec Limitedの全株式を取得し、X線分析装置用部品事業をグループ内に取り込みました。
この買収の目的は、X線分析装置用部品事業における競争力の強化であり、ポラテクノが液晶ディスプレイ材料だけでなく、高機能な計測・分析部品といった専門分野においても、グループの機能化学品戦略における重要な役割を果たしていたことが分かります。
鈴木氏の社長在任中の2018年8月には、この機能化学品事業をさらに強化するための重要な組織再編が行われています。同社は、連結子会社である株式会社日本化薬福山と株式会社日本化薬東京を吸収合併しました。
この合併の目的は、機能化学品事業の国内生産を一元化し、統一された事業戦略のもと、生産から販売までを最適な体制で運営することでした。
M&Aによる事業領域の拡大と、国内拠点の再編による生産効率の向上という両面から、鈴木氏が掲げた経営戦略が、具体的な構造改革を伴いながら実行されていたことを明確に示すものです。
まとめ|「KAYAKU spirit」に込めた経営哲学
鈴木政信氏が2015年から2019年まで日本化薬の代表取締役社長として指揮を執った期間は、同社にとって次なる成長ステージへ移行するための重要なフェーズとなりました。東北大学で化学を深く学び、その知識と情熱を研究開発の現場で磨き上げ、最終的にトップマネジメントの座に就いた同氏の経歴は、「化学への夢」を現実の功績へと結びつけたプロフェッショナルな歩みそのものです。
同氏が推進した中期経営計画「Take a New Step 2016」は、医薬品事業の伝統を守りつつ、機能化学品という新しい成長の柱を明確に打ち出しました。特に、連結子会社の再編や英国企業の買収を通じて、組織的な構造改革を実行し、計画を具体的な成果へと結びつけました。
鈴木氏の経営哲学は、日本化薬グループの行動指針である「KAYAKU spirit」に集約されており、単に株主利益を追求するだけでなく、「生命と健康を守り、豊かな暮らしを支える最良の製品・技術・サービスを提供する」という使命を、すべてのステークホルダーに対する責任として全うすることを目指していました。この揺るぎない理念こそが、当時の日本化薬の成長を支えた重要な功績として記憶されています。
