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垣内威彦の過去の経歴は?起業した経緯や事業内容とは

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垣内威彦氏は、日本の大手の総合商社と言われる三菱商事の代表取締役社長で、三菱商事の本社は東京のオフィス街の丸の内に存在します。垣内威彦氏の経歴は、兵庫県生まれの2017年時点で満61歳、1979年に京都大学経済学部を卒業後、三菱商事に入社をしています。

2010年には執行役員で農水産本部長に就任、2013年には常務執行役員の生活産業グループCEO、2016年に代表取締役社長を経て現在も代表取締役社長として三菱商事を率いております。日本には三井物産、住友商事、伊藤忠商事、丸紅といった商社があり、三菱商事を入れて五大商社と言われ、産業の裾野に広がる事業を展開しています。

事業内容はエネルギー、金属、機械、化学品、情報、金融、物流などの多岐に富み、三菱商事は事実上、五大商社の中でもトップクラスの規模を誇る商社となります。なお垣内威彦氏が社長を務める三菱商事自体の歴史は古く、幕末で活躍した坂本龍馬の海援隊を前身として、後に九十九商会で岩崎弥太郎が起業した日本で初めての株式会社と言われています。

明治・大正・昭和と第一次世界大戦や第二次世界大戦でも古くから事業を展開しており、GHQによる財閥解体により一時期は多くの会社に分裂しましたが、最終的には1950年に三菱商事が復活したという経緯があります。一時期は跡形もなくなる危機に瀕しながらでも、危機を乗り越えた経験があることで、現在でも前向きな企業戦略を展開しています。
垣内威彦氏は、三菱商事の社長に就任した時点では、三菱商事は調度、減損を出した時期で逆風が吹いていた時期です。しかし仕事するなら困難であればあるほど男冥利に尽きるという名言があるほどで、減損からの脱却が課題です。

また三菱商事を率いるにあたっては、他社が手掛けた方が世のため人のためになる事業は撤退すると語っており、企業理念の所期奉公の理念に適しています。
将来に繋がる事業と寿命が来ている事業を分け、寿命が来ている事業にはダメ出しをするなどして徹底的な事業の見直しを展開しています。担当者が将来性のある事業だと見込んだとしても、その事業は必要とされる理由の根拠を示すべきという考えを持っており、徹底化した事業の見直しを行う考え方もあります。

なお三菱商事がローソン子会社化した点についても、三菱商事の関係が深いスーパーや電鉄、銀行などと協業することで、将来的には社会インフラとして存在意義を見つけ価値を向上させたいという夢があるためです。日本の各地の地域に入り込むことで地方活性化を促し、それによって収益の確保と共に地域貢献を果たしたいとする夢や希望が存在します。