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心を映す光の芸術:切子作家 小川郁子の世界 – 伝統と革新が織りなす輝き

心を映す光の芸術:切子作家 小川郁子の世界 - 伝統と革新が織りなす輝き

繊細なガラスに宿る、息をのむほど美しいカット。光と影が織りなす模様は、まるで万華鏡のように見る者の心を惹きつけます。そんな魅惑的な切子の世界を創り出すのが、切子作家の小川郁子氏です。

伝統的な技法を守りながらも、常に新しい表現を追求する小川氏の作品には、深い精神性と温かい想いが込められています。この記事では、小川郁子氏のこれまでの道のり、卓越した功績、そして作品に込める想いを紐解き、その魅力的な世界へとご案内します。

小川郁子氏の足跡:伝統と革新の軌跡

ここでは、小川郁子氏が切子作家として歩んでこられた道のりを、幼少期から現在に至るまでを辿ります。どのような環境で育ち、どのようなきっかけで切子の世界に足を踏み入れたのか。

そして、伝統を受け継ぎながらも、いかにして独自のスタイルを確立してきたのかを探ります。

ガラスとの出会い

小川郁子氏とガラスとの出会いは、幼少期の何気ない日常の中にありました。というのも、彼女は東京都の江東区育ちであり、江戸切子は地元の産業だったのです。

その影響を受けてか、彼女はガラスを見るのが好きだったと言います。それは切子に限ったことではなく、昔のガラスや外国のガラスなどにも興味を引かれていました。小川氏は上智大学の出身ですが、もともと美大へ進学したいと考えていたそうです。

切子との本格的な出会いは大学生のとき。大学への入学とともに何か習い事を始めようと考えていたところに、母の勧めで区報に載っていた江戸切子の講座を「何となく」始めたということです。

「何となく」から「切子職人」の道へ

江戸切子の講座は、区民なら誰でも応募資格があるものの、倍率は高かったそうです。小川郁子氏はそこで運良く受講の抽選に当選します。この江戸切子を習う講座こそ、後に彼女の切子の師匠になる江戸切子作家の小林英夫先生との出会いの場でもありました。

初めは「何となく」の参加でしたが、実際に1回目の講座を受講したら「ものすごく面白かった」と、別のインタビュー記事にて語っています。大学在学中の4年間は、友人の遊びの誘いを断ってまで早々に教室に通うほど切子の奥深さにのめりこんだ小川氏。

4年間習い事をして切子に触れた小川氏は、大学卒業後の就職を控え、「切子をやりたい」という強い想いを抱くようになります。

卒業と同時に小林英夫先生への弟子入りのお願いをしたそうですが、そこではなんとお断りされてしまったそうで、それでもめげずに何度も気持ちを伝え、最終的には殆ど「押しかけ弟子」のような形で本格的に切子を学ぶようになりました。

初めての作品と独自のスタイル確立

小川郁子氏が小林英夫先生(師匠)のもとで弟子として勉強したのは9年間。毎日工房に通って勉強をしていましたが、最初の頃は来客の際、師匠から「弟子の『デ』」だと紹介されていたそうです。通い詰めて2年経ってようやく、「弟子」と紹介してもらえたというエピソードがあります。

そして弟子入りして5年目、初めて「自分の作品」を作ることになった小川氏。初めての作品は直径25cmくらいの赤いお皿でした。それを師匠の勧めで公益社団法人日本工芸会が主催する「伝統工芸展」へ出品することになります。

小川氏の作品は部会展で入選し、師匠がつけた値段で売れましたが、彼女は「すぐに作家になろうとはせず、職人としてまず基礎を固め、とにかく技術を身につける」という師匠からの教えを実直に守り、とにかく技術を磨く事に専念。

そして2005年、なんと師匠から手書きの「卒業証書」を貰って事実上の独立を果たしました。「ここを辞めたからって独立ではない、ただ勉強が終わっただけ」という彼女の師匠の言葉から、小林英夫先生はとても小川氏を大切に想い育てていた事が伺えます。

小川郁子氏の受賞歴

ここでは、小川氏の作品の主な受賞歴をまとめています。

2007年 第21回 伝統工芸諸工芸部会展 日本工芸会賞 受賞
2008年 第48回 東日本伝統工芸展 東日本支部賞 受賞(以後毎回入選)
第55回 日本伝統工芸展 初入選
2010年 第57回 日本伝統工芸展 日本工芸会奨励賞 受賞
2011年 第58回 日本伝統工芸展 入選 日本工芸会正会員認定
2014年 第54回 東日本伝統工芸展 岩手県知事賞 受賞

これらの受賞歴以外にも、2013年には9月11日〜11月10日までサントリー美術館で開催された「Drinking Glass―酒器のある情景」に「切子 酒器 一式」として作品を出品しています。

また、2017年には「第53回 神奈川県美術展」の審査員、2019年には「東日本伝統工芸展」の鑑査委員をつとめるなど、近年では作品の出品以外での分野でも活躍を見せています。

さらに、第66回 日本伝統工芸展に出品した「被硝子切子鉢『福芽』」は、宮内庁お買い上げ作品に選ばれています。

小川郁子氏のキーワードは「素直」

小川郁子氏は自分の作品作りに対して「とにかく自分の好きな物をつくる」という信念があります。作品のなかで「好きなもの」と「そうではないもの」ができた時、彼女は好きじゃないものは1回で終わりにして、「好きなもの」を繰り返しつくっていくのだそうです。

また、伝統的な切子作品は左右対称なデザインのものが多いと言えますが、彼女の作品は独特なアシンメトリーを見せるものが多数あります。

実は、そんな「伝統」から抜け出すきっかけになったのは、師匠の元から離れて数年間「伝統」をきっちり守りすぎていた彼女が、年下の知り合いに「つまんない」と言われた事がきっかけだったそうです。

伝統をベースに新しいものを取り入れていく、「伝統」をきっちり熟知しているからこそ、そうでないものも取り入れた自由な発想で魅力的なものづくりを行えるのでしょう。

小川郁子氏の作品たち

被硝子切子鉢「福芽」(きせがらすきりこばち「ふくめ」)

被硝子切子鉢「福芽」(きせがらすきりこばち「ふくめ」)

画像引用:https://www.galleryjapan.com/locale/ja_JP/work/95594/

サイズ 高さ 19 x 幅 29.7 x 奥行 22.5 cm
発表年 2019年
価格帯 ¥500,000 ~ ¥1,500,000

新緑を思わせるグリーンの小鉢。光が抜けた底にも、まるで生きた葉のような優しい曲線が美しく映えます。第66回日本伝統工芸展に出品し、宮内庁がお買い上げになった一点ものです。

参考:https://www.galleryjapan.com/locale/ja_JP/work/95594/

被硝子切子鉢「花ほころぶ」(きせがらすきりこばち「はなほころぶ」)

被硝子切子鉢「花ほころぶ」

画像引用:https://www.galleryjapan.com/locale/ja_JP/work/103700/

サイズ 高さ 17 x 径 24.3 cm
発表年 2024年
価格帯 ¥500,000 ~ ¥1,500,000

上部が花弁のように滑らかなカーブを描いており、まるで花が開いたような、神秘的な姿の小鉢です。繊細なカットで表現する側面の輝きに目を奪われます。第64回 東日本伝統工芸展にて入選した作品です。

参考:https://www.galleryjapan.com/locale/ja_JP/work/103700/

被硝子切子鉢「瑞波」(きせがらすきりこばち「みずなみ」)

被硝子切子鉢「瑞波」

画像引用:https://www.galleryjapan.com/locale/ja_JP/work/103701/

サイズ 高さ 15.9 x 幅 29 x 奥行 26 cm
発表年 2020年
価格帯 ¥500,000 ~ ¥1,500,000

側面に波を思わせるゆるやかなカーブの模様が入った小鉢です。見ているだけで、水面を見つめているような、穏やかな気持ちになれる作品です。第60回 東日本伝統工芸展にて三越伊勢丹賞を受賞しています。

参考:https://www.galleryjapan.com/locale/ja_JP/work/103701/

まとめ

小川郁子氏の切子作品は、伝統を深く理解しつつも、それに囚われず自らの感性を信じて表現された唯一無二の存在です。

幼少期の何気ない出会いから始まり、師匠との出会いと9年間の修業を経て、職人としての技術と精神を着実に磨き上げてきました。

「好きなものを素直に作る」という信念と、「シンメトリーである」ということに縛られない独自のデザインが、彼女の作品に強い個性と温かみを与えています。

受賞歴や宮内庁への作品納入など、その歩みはまさに実力の証。小川氏の作品は、ただ美しいだけではなく、そこに込められた想いや歴史が見る者の心を静かに打ちます。伝統と革新の狭間で生まれるその輝きは、これからも多くの人々に感動を届けていくことでしょう。

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