仕事で紡ぐ物語

柴田光義の過去の経歴は?起業した経緯や事業内容とは

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柴田光義氏は、光ファイバーケーブルや電線ケーブルで名高い古河電工の代表取締役社長です。古河電工のトップである柴田光義氏の経歴は、東京都出身で東京大学工学部を卒業後、1977年4月に古河電工に入社されます。

以降1997年には情報システム事業本部光デバイス開発部長、知的財産部特許戦略ユニットのシニアマネージャー、他に経営企画室長を歴任し、2012年より代表取締役社長に就任しています。経歴の中でも研究・開発畑を歩んでいることで、現場の技術が解る社長としての特徴が見られます。

柴田光義氏が社長を務める古河電工は、住友電工・フジクラと並んで電線製造の御三家とも呼ばれ、事業内容である電線や電線関連機器を製造し、それが日本全土で張り巡らされている実態があるため、社会インフラに貢献している企業です。なお古河電工は、富士電機や富士通と並んで古河グループの中核企業の一つで財閥系の企業としての特徴があります。

その創業は古く、明治17年の1884年にまで溯り、古河市兵衛氏が家庭に国産の電線をひき、それで明るくして日本全体までも明るくしたいという夢から起業されています。以降、着実に電力会社、鉄道、自動車などの主要取引先が増え、今後も電線はなくてはならない存在として、事業内容の柱となります。

一方では環境の変化としては、近年の目覚ましい高速無線技術の進歩もあり電線自体を多用しなくても済む時代になってきているのは確かです。それでも主要な部分では電線を必須としてそれがなければ始まらない点は変わりありません。
そして近年の動向としては、東京オリンピックの開催が予定されていますが、日本全体を観光都市化する計画が起きています。観光においては美観に優れた街にするためには、電線や電柱が邪魔な存在とされ、それを地中に埋設しようとする計画が起きています。

そのため、そういったインフラ整備の見直しの中で、埋設する電線の需要が起きる可能性もあります。柴田光義氏が社長に就任した時は、古河電工自体がリーマンショックによる事業環境の悪化による業績の低下、カルテルの問題など難題が存在し、順風な船出ではないタイミングであったとされます。
古河電工の生え抜きで研究・技術畑を歩み、その経験が豊富で製品のことを知る方が白羽の矢として社長に就任したとみることが可能です。数ある技術や知的所有権などでの難題を乗り越えた経験も買われてのもので、今後も古河電工の活躍の期待がされています。

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