仕事で紡ぐ物語

中島浩二の過去の経歴は?起業した経緯や事業内容とは

Tomasz_Mikolajczyk / Pixabay

昔からあるテレビという存在は華やかな芸能人が様々な形で娯楽を提供してくれています。
しかしテレビ番組の中には知る人ぞ知る番組が数多く存在しており、それらもクオリティの高い番組になっているため大きな人気を呼んでいます。
数ある番組の中で西南学院大学の外征時代から九州朝日放送局に出入りしていた、九州地方のスターが存在しています。
それが中島浩二というローカルタレントで、大学卒業後一度はOA機器メーカーのリコーに就職しましたが学生の時に放送局に出入りしていた頃が忘れられず半年で退職という経歴を残してしまいます。
しかしこれは中島浩二の大きな転換期になり、この後大学の先輩が立ち上げた番組制作会社サンケンに入社し見事テレビ番組関係の仕事という夢を叶えました。
サンケンの事業内容としてはPAONぼくらラジオ異星人という若者向けワイド番組を夜に放送しており、ここでの活動が徐々にタレントとしての才能を開花させる事になります。
経歴としてはこの時期番組作成スタッフという扱いでしたが、番組に関わっていくうちにタレントとしてキャラクターが出来ている点を注目され、PAONぼくらラジオ異星人が終了すると同時に新番組のパーソナリティに大抜擢されるという経歴を刻みます。
ここから中島浩二が展開する芸能活動という事業内容が大きく活躍するようになり、1990年4月から自分の名前が番組名になっている冠番組中島浩二アワーTHE3Pを放送し、10代から30代の若いリスナーの心をがっちりと掴む事になります。
その人気からか大物芸能人が出演する事もあり、番組制作会社サンケンの主力事業として今も尚語り継がれているほどの番組になっています。
また同時に番組作成ディレクターとしてバラエティ番組ドォーモのスタッフとしても活躍する事になり、ここでも実力が非常に高くひょうかされリポーターに抜擢されるという経歴も刻む事になります。
この様に起業は行ってはいませんが、確かな才能を持ち合わせているタレントであるため起業に必要な行動力が数々の面白いバラエティ番組を作り上げたのではないかとテレビ番組関係者の中でも有名になっています。
その後1999年にはドォーモの二代目メイン司会を担当する事になり、2013年以降も定期的に出演する等精力的に芸能活動を行っています。
中島浩二の夢については本人も語っていないため指しは図る事はできませんが、様々な立場からテレビ番組を構成した優秀なタレントである事は間違いないので、その巧みな話術や面白いキャラクターが気になる方は一度九州朝日放送局の番組を閲覧してみる事をお勧めします。

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