仕事で紡ぐ物語

曽禰寛純の過去の経歴は?起業した経緯や事業内容とは

byrev / Pixabay

曽禰寛純は、空調制御では国内でトップの東証一部上場企業の代表取締役社長です。
曽禰寛純は、自分で起業して社長になった人物ではなく、1979年に夢を持って入社してから、多くの経験を積み、様々な問題を乗り越えた結果、着実に出世して代表取締役社長の座を掴んだのです。
曽禰寛純の経歴を見ると、大学院を出て入社してから、順調に出世の階段を上っています。
1996年には、工業システム事業部のシステム開発統括部システムマーケティング部長に就任し、1998年10月には、山武産業システム株式会社移籍して、マーケティング部長に就任しています。
2010年6月胃取り締まりになり、2012年4月に代表取締役社長兼執行役員社長に就任し、現在に至っています。
会社は、計測機器と制御システムの大手メーカーで、創業は1906年です。

事業内容は、ビルディングオートメーション事業、アドバンスオートメーション事業、ライフオートメーション事業です。
主に、ビルの空調システムや、工場とプラントのオートメーションシステムの開発を行っています。
創業当初は、ヨーロッパやアメリカの工作機械の輸入商社でした。
創業者の企業理念は、人間の苦役からの解放でした。

その後、計器と工作機械の製造を始め、日本のオートメーションの先駆者と呼ばれるようになるのです。
1963年には、機器の単体販売からシステム販売へと移行するために、計装工事部門を強化します。
1966年には、商号を変更し、総合オートメーションメーカーとして歩むことになります。
1990年以降は、激動の時代で、1999年には、吸収合併されます。

しかし、2002年になると、株を自己株式として、すべて買い取って資本関係を解消します。
そして、2012年に現在の社名へと変更したのです。
社名変更をきっかけに、会社はパブリックリレーションズを強化します。
社長は、テレビ番組にも積極的に出演し、3事業ごとにキャラクターを設定しテレビCMなどを通じて、会社のイメージをアピールするようになります。
グローバル化も進み、インドやサウジアラビア、ブラジルに進出し、2013年には、アメリカとスペインの大手2社を買収します。
2012年、社名変更を行った後に、社長は会長に退きます。

そして、曽禰寛純が代表取締役社長兼執行役員社長になったのです。
曽禰寛純は、1955年生まれで、1979年に有名な工業大学の大学院を出た後に入社した、生え抜きと言えるトップエンジニアでした。
社長となった曽禰は、アカデミーを作って、カンパニーごと分散し、人材育成チームを集約します。
そして、学習する企業体というメッセージを、世の中に送り続けているのです。

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